空外記念館別時念仏会・講演会
「おかげさま」のいのちの世界

 
 
空外記念館理事長  江 角 弘 道

 私の住職する仁照寺は臨済宗ですが、本当に不思議なご縁で、浄土宗の隆法寺さんで、今こうして話させて頂いています。ありがたいことに空外上人とご縁があったのですね。
空外上人は、「物事に偶然ということはないのだよ、他に依って起こるのですよ。」(依他起性)と言われました。依って起こるとは縁起ということですね。空外上人のお話は宗派仏教などはるかに超えて、仏教の根本それは縁起の法と言うことですが、その仏教の根本のお話です。だから臨済宗とか浄土宗とかをはるかに超えた根本のお話をなさっています。その中で今日は「おかげさまのいのちの世界」ということで話をさせていただきます。

 私がどうして空外上人のことを知ったかと言うと、出西窯陶工である多々納弘光氏主催の「心経会」を通してでした。現在は、私の寺で毎月1回開催しています。はじめに空外上人の漢訳と和訳の般若心経を読んでから会を始めます。そして、空外上人講述の「念仏と生活−般若心経を生きる−」をテキストに何度も読み返しています。
平成9年頃から「心経会」に参加させていただいていまして、その頃は十楽寺さんで会がありました。多々納さんが熱心にお話をされるのですが、空外上人のありがたさは、良く分かっていませんでした。ところが、平成11年12月26日に交通事故で二十歳の娘・真理子が突然に亡くなったのですね。
 その後しばらくして、「念仏と生活−般若心経を生きる−」のテキストを読んでみると、空外上人の有り難さがよくわかってきました。それは、「空とは『おかげさま』のことです。」という空外上人のお言葉でした。その辺のことを、4月に出版した「いのちの発見」と言う本の中にも書いています。
 亡き娘のことを考えると、次のような事実に行き当たりました。それは、私が結婚する前には、娘はこの世の中のどこにもいなかった。そして、昭和54年に二女として生まれてきて、私たちと20年間一緒に暮し、そして死んでいきました。だから、今はこの世の中のどこにもいないということです。つまり、いのちが無(仏教では空という)から出てきて実在(仏教では色という)となり、実在(色)から無(空)へと帰っていったことにもなります。般若心経には、有名な語句「色即是空 空即是色」があります。並べかえて「空即是色 色即是空」とすれば、空から色、色から空と展開しているように感じられます。本当はもっと深い意味があると思います。つまり亡くなった娘は空から来てまた空に帰っていったとなります。だから私達は空から来て色になり、そしてまた空に帰る存在ではないでしょうか。空に帰る、つまりその帰るところは生まれ故郷・浄土であるわけです。だから、現在の私たちのいのちは、「見えるいのち」つまり「色」という状態から、やがて「空」に帰って「見えないいのち」となって行く、つまり、いのちには、「見えるいのち」と「見えないいのち」があるのではないでしょうか。このように思うようになりました。
「娘は死んでどこにいったのか」と、娘の死を考えてみますと、娘とは、以前は親と子という関係でしたが、亡くなった後、12年経って新たな関係性ができています。それは、娘が「見えないいのち」となっているのではないだろうかと思っていまして、「私たち家族をどこかで見守ってくれている」というか、亡き娘のことは忘れることはありませんから、「亡き娘が、いろいろな人やものとのありがたい出会いの機会を与えてくれている」と考えています。その中で、私にとっては、特にありがたい大きな出会いがありました。それは、空外上人の『おかげさま』という言葉との出会いでした。
 山本空外上人は、東西の宗教に精通した哲学者でしたが、被爆したことを機に出家し、浄土宗僧侶として、世界平和を実現する生き方を考え続けられた方です。原爆に遭われた時に、空外上人の隣にいた学生は死んでしまったけど、上人は不思議と生き延びたという体験をされ、20世紀にこれだけ大きな原爆という悪を作った科学というのは、「知性の敗北だ」というふうに考えられて、その悪をなくすことつまり平和を実現するにはどうすればよいかと思索されて、「対立を超え、相手を生かしてわが心を豊かに深める『無二的人間形成』の生き方こそ世界平和を約束するものである」という結論に至られまして、その「無二的」な生活をまっとうしてゆくということで、記念館を設立されました。ただ「無二的人間」という語が、一般にはあまり使われていなく、わかりにくい点もあるので、ここではこれ以上立ち入りませんが、私が空外上人の話に中で特に感銘を受けたことについて話してみたいと思います。
 空外上人は、「般若心経」について講話の中で、次のように話されています。それは、「この世のことは、すべて『おかげさま』です」ということです。考えてみれば、私たちが生きているということは、太陽や、空気や、水や、食物や、人やいろいろな物のおかげで「生かされている」ということなのです。空外上人は、「空とはおかげさまのこと」であり、また「無自性」であると言われました。この無自性というのは難しい言葉ですが、つまり独立した自分というものはないということなのです。これはまた無我とも言います。このことを別な表現で、「この世に人の手柄などというものはない、すべてはおかげさまなのだ」とおっしゃっています。私は、この『おかげさま』という言葉に、本当に救われた思いがしました。この『おかげさま』は本当にありがたいお言葉です。
 つまり、『おかげさま』とは、私たちが今生きているということは、自分だけの力ではなくて、太陽や空気や水や食物や他の人々や組織や国家など他のすべてのもののおかげで生かされているという相互の依存関係のことを言います。
 この「おかげさま」ということは、「空」とも言われています。それで「空」は先ほどから言っています「見えないいのち」に通じてきます。先ほどの「見えないいのち」というのは、時間を超えて脈々と繋がっている「いのちのエネルギー」のようなものとして話しましたが、もうひとつの側面として、「お互いに生かし生かされている」というか、つまり「相互依存」というか、「共に生きている」と言いましょうか、そういう様な「空間的」な世界も同時に含んだものであると考えられます。時間的な側面や空間的な側面を全部含めて「見えないいのち」と言えると思います。だから、この「おかげさま」ということは、相互依存、つまり共生(ともに生きる)ということになりますが、この世を「おかげさま」という存在になさしめているのが「見えないいのち」であり、それは「宇宙の摂理」、あるいは「宇宙の真理」のようなものではないでしょうか。そこでは、科学の真理をも大きく含んだ仏教の真理の世界があるように思います。
 妙心寺派の管長や花園大学の学長をなされた山田無文老師(1900〜1988)が、修行時代に結核に侵され、自宅に帰られて療養をされていた苦難の頃に、ある朝、ふと障子を開けて、濡れ縁に出られた時、一陣の風を感じられたその時に感動され、その想いを次の歌に託されました。
 「大いなるものに抱かれあることを、今朝吹く風の涼しさに知る。」
この時、無文老師は、「人は決して自分一人で生きているのではない。大きな力に生かされておるのである」ことを実感され、「ああすまんことでした。もったいないことであつた。」と、とめどもなく歓喜の涙を流されたとのことです。この「大いなるもの」は、実は「見えないいのち」といえるものです。この歌が出来る直前に無文老師は、『いったい風とは何だろう』と考えられて、『空気がうごいているんだ』、『空気! そうだ! 空気と言うものがあったんだなあ』と空気の存在に感動をされています。この瞬間、無文老師は、風(空気)に「大いなるもの」つまり「見えないいのち」を感じられていたのです。それは常に存在し、私たちを包んでいるものであり、それが私たちの呼吸となって「いき」する時、それが私たち自身の「いき」る根源となり、いわゆる「生きる」ことは「いき(息)する」ことであり、「生命の根源」と一つに連なっていたのです。そして、私たちは、生きているのではなくて、空気に(大いなるものに)生かされているのです。無文老師(見えるいのち)は、「大いなるもの」に「抱かれた存在」あるいは「包まれた存在」であり、「大いなるもの」(見えないいのち)は、「抱くもの」あるいは「包むもの」であります。即ち、「見えるいのち」と「見えないいのち」は相補的であります。 これは、私たち衆生(見えるいのち)と仏(見えないいのち)の関係が相補的であることを意味しています。難しく言えば、「いのち」は、相補的2重存在であるといえます。
 私は、この「おかげさま」の深い意味を空外上人の著作から教わったのです。その出会いは亡き娘からの贈りものではないかと考えて、亡き娘に感謝しています。亡き娘が「見えないいのち」となって私に教えてくれたのではないかと思っています。
 今ここで皆さんに話をするご縁を作ってくれたのも亡き娘かな思います。だから、今思うと、娘が健在だった頃は、そんなに会話をしたことはなかったのですが、今は娘といろいろな形で「話」をしています。これは不思議なことだと思っています。そのような世界が出てきます。突然に命を断ち切られた娘は、以前は「無念な子」、「可哀そうな子」、「気の毒な子」でしたが、今は私の中で「光り輝く存在」になっているようです。それが、「見えないいのち」の世界の一つであるかとも思います。それは、「感ずる世界」あるいは「想う世界」あるいは「念ずる世界」とでもいえるようです。仏教では、「亡き子は善知識」という言葉があります。善知識というのは、「先達」というか「その道の指導者」というかいうような意味ですが、この言葉通りだなと思っているところです。亡くなった当時の悲しさから、もっとそれがぬけてきて、ある一つの世界つまり「亡き娘は善知識」と言って、亡き娘を拝める世界が出てくるのです。それは、「おかげさまのいのちの世界」ではないかと思っています。
 私は、「おかげさまの合掌」という歌を作ってみました。これは、千昌夫が歌う「星影のワルツ」の替え歌として歌えます。
一、おかげ〜さまです 人生は 大事にしようよ この命
みんなで幸せの 両手を合わそう
この世に生まれた幸せを この世に生まれた幸せを
明るく楽しく 生きようよ
二、悲しいときには 共に泣き 嬉しいときには 分けあって
みんなで感謝の 両手を合わそう
手をとり仲良く 生きようよ 手をとり仲良く 生きようよ
おかげ感謝で 生きようよ
三、この世に生まれた 幸せは あわせた両手の中にある
みんなでおかげの 両手を合わそう
互いにうやまい 助け合い 互いにうやまい 助け合い
越えてゆこうよ あの世まで
 空外上人は、「仏教の教えが生の生活の光になってゆかなければ、意味がない。」また、「生活のどの方面にも真実を生きることが大切だ。」ということを強調されています。さらに、「人間は上品な言葉を使うと、上品な心持になる。下品な言葉を使うと、幾らいい着物を着ていても、下品な心持になる。ナムアミダブツと言えば、自分がアミダさまになっていくわけです。コンチクショウと言うときは自分が「畜生」になっているのです。念仏があると、「コンチクショウ」の「コ」まで出ても「コ・ナムアミダブツ」と言えば、怒りが半分におさまるのです。あと二、三度「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ」で消えたようになるのです。」と語られています。つまり人間は言った言葉のようになるということです。そして、「人間は一息ごとに生きており、その生き方は、使う言葉のような程度にしか生きられない。損得のことを言えば、自分が得をしたい自分勝手のような心の生き方に傾くし、称名して一息ごとに阿弥陀仏とともに生きていれば、おのずと阿弥陀・無量・計量を離れる・真実の生き方になってくるのが当然であろう。 日々の生活上みのらしうる心の杖が南無阿弥陀仏にほかならない。誰でもいつでも称えられる、一息でいえるのが南無阿弥陀仏なのである。」つまり、称名念仏の生活が、生きるひかりとなってくるのです。
 最後に、空外上人の言葉の中で、特に心に響いた言葉を述べて終わりにします。
 人皆尊し、我もまた尊し。
『空』とは、『おかげさま』である。
ご静聴、ありがとうございました。

 

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