念仏と電子レンジ
〜科学と宗教の接点〜
 
空外記念館理事長
 江 角 弘 道

 ありがたい念仏を電子レンジと比較して論ずるのは、少し気がひけますが、長年、物理学の研究にたずさわっていたため、物理現象の中に、宗教的な現象と対応することを発見することがあります。どちらも自然の摂理であると考えられます。
 最近は、ほとんどの家庭で電子レンジが使用されています。とても便利なもので、冷たいご飯を電子レンジに入れて「チン」すれば、2~3分で暖かいご飯になります。でもなぜすぐにご飯が暖かくなるかを説明するには科学の知識が必要です。ほとんどの人は詳しい原理を知らずに使っています。実は、この科学的な現象と念仏の間には不思議な対応があります。そこに科学と宗教の接点があるのです。どのように接点があるかを以下に述べて見たいと思います。
 まず電子レンジという日本語の名前はあまり正しくありません。英語で電子レンジは、マイクロウェーブオーブン(microwave oven)といいます。マイクロウェーブ(マイクロ波)というのは周波数(振動数)が0.2〜100GHz帯の電磁波のことです。電子レンジ(マイクロウェーブオーブン)は周波数2.45GHz(1秒間に24億5000万回の振動)のマイクロ波を使用します。ちなみに携帯電話は1GHz程度のマイクロ波を使用しています。
 電子レンジの働きを理解するには、電磁波とは何か、温度とは何か、水の構造そして共振現象について知っておく必要があります。まず、これらの物理量について分かり易く説明し、その後、念仏との関連について論考します。
 ガリレオ・ガリレイが教会で振り子の周期が一定であることに気がついた話は有名です。この偉大な人物は、1581年に、17歳でピサ大学医学部の教養課程に入学しました。その若き日、ピサの寺院で礼拝をしていたときに、礼拝堂の天井から吊り下げられたランプがゆっくりと振れているのを見て、その振幅が大きくても小さくても往復の時間が同じことを、彼の脈拍を時計代わりにして測ることによって、「振り子の等時性」を発見しました。つまり、「振り子は重りや振幅に関係なく、ランプを吊るす長さによって往復する時間(周期)が決まる」ことを発見したのです。
 私たちは、振り子の振動を強めたければ、振り子の持つ振動数でゆすればよいことも知っています。例えば、ブランコを動かすとき、ブランコ自身の振動、つまりブランコの固有振動数に合わせて動かすことが大切です。子供たちはブランコ遊びの中で自然とそのことを学び遊んでいます。この固有振動数は物体の揺れやすさを表す指標です。固有振動数でゆすれば振動は少しずつ大きくなります。例えば、重さが1トン以上あるような大きな釣鐘も、その釣鐘の固有振動数でゆすってやるといつかは動き出します。吊り橋の上で、その固有振動数で揺すれば、吊り橋が壊れることもあるのです。このように物体のもつ固有振動数で振動させることを「共振」と言います。電子レンジは、この共振を利用して食品を加熱する機器です。
 物理学の中に出てくる物理量:力、温度、圧力、電気、磁気、熱、音、電磁波など、これらは、直接には見ることができないもので、すべてエネルギーと関係しています。そして、現象として空間に「場」の形で現れるものです。エネルギーは、目に見えないが存在します。だから、物理学は、「エネルギーの現象学」であるといえます。目に見えない電磁波は、空間の電場と磁場の変化によって形成された波(波動)のことです。電場と磁場が交互に相手を発生させあうことで、空間そのものが電気的に振動する状態が生まれていて、この空間を電磁場と言います。この電磁場の周期的な変動が周囲の空間に伝わって行くエネルギーの放射現象の一種であります。そのため、電磁放射とも呼ばれています。今私たちが携帯電話で交信ができるのは、この電磁波が存在するおかげです。空間そのものがエネルギーを持って振動する現象であるため、波を伝える媒体となる物質(媒質)が何も存在しない真空中でも伝わってゆきます。このため宇宙ステーションと地球との間でも交信ができます。
 科学と宗教の対応で説明するならば、自然界の電磁波は心霊界の「如来の光明」に対応し、電磁場は「法界」あるいは「十方の世界」に対応していると考えられます。自然界の電磁波には大まかに7つのスペクトル:|電波|マイクロ波 | 赤外線 | 可視光線 | 紫外線 | X線 | ガンマ線|があります。これは如来の光明が12光:|無量光|無辺光|無碍光|無対光|?王光|清浄光|歓喜光|智慧光|不断光|難思光|無称光|超日月光|であることに対応していると考えられます。
 次に温度について、例えば、36.5℃の体温をここに出して下さいといっても、見えないから実体として出せませんが、確かに体温はあります。温度とは「その物質を構成している分子の平均的な運動の激しさを表す指標」です。より物理的に言うと「温度とは、分子の運動エネルギーの大きさの指標」であると言えます。私たちの身体は、約70%が水分で構成されていることが分かっています。だから体温とは身体の中にある莫大な数の水の分子H2Oが運動していて、その運動の激しさが36.5℃という温度で表せる体温になっているわけです。植物も動物もその主な構成要素は水です。ご飯もほとんどが水の分子H2Oです。だから冷たいご飯が暖かくなるということは、ご飯の中の水の分子H2Oの運動が激しくなるということです。電子レンジはマイクロ波を使って水の分子H2Oの運動を激しくしているのです。では、なぜマイクロ波は水の分子H2Oを激しく運動させることができるでしょうか。それは水の分子H2Oの「共振現象」から、水の分子が激しく揺れるのです。水は、莫大な数の水の分子H2Oが互いに「分子間引力」で結びついた液体です。水の固有振動数は、2.45GHzです。だから2.45GHzで振動する電磁波を照射すると水分子が激しく運動を始めます。電子レンジは、2.45GHzのマイクロ波を照射する装置です。電子レンジ(マイクロウェーブオーブン)のスイッチをONすると、中は振動数2.45GHzの電磁波で満たされることになります。食品の多くは水分を含んでいます。電磁波の振動数は水分子の固有振動数と一致しているため、水分子が共振し、振動します。電磁波自体はテーブルをゆするように強い力でゆさゆさ水分子をゆするわけでないですが、水分子自身が振動しやすい振動数でゆすります。何しろ1秒間に2.45GHzもの振動(1秒間に24億5000万回もの振動)でゆするのですから、あっという間に“繰り返し”揺さぶられます。
 前述のように温度とは分子の平均的な運動の激しさを表す指標です。マイクロ波によって水分子の振動エネルギーが大きくなり、結果として食品の中の水分の温度が上昇します。これが電子レンジ原理です。たとえば、からからに乾いたお餅を温めるとき、お餅に水をたらしてから電子レンジに入れるのはこのためです。電子レンジが販売された当初、食品の出来具合を確かめるため、レンジ内を覗き込んで目に障害を生じたことがあります。人体や眼球も水で出来ていますから非常に危険です。このため、電子レンジのガラス面の内側には格子状の鉄板が張ってあります。電磁波が外にでるのを抑えるためです。また、電子レンジのふたを開けるとすぐに電磁波の照射をやめるようになっています。
 ところで、氷を電子レンジで加熱しても溶けません。水は固体つまり氷になると体積が増えて、分子全体が固く結びついてきます。それは、冷たい冬の朝、水道管が破裂することがあることでわかります。このように分子構造が異なるため、氷の固有振動数は、水の固有振動数と違っています。ですから水を共振させるマイクロ波(2.45GHz)を氷に当てても、氷の分子は振動があまり大きくなりません。このため氷の温度は上がらず、溶けないということになります。以上で、電子レンジで冷たいご飯が暖かくなる原理がおわかりのことと思います。
 次に、私たちが念仏をすることは、電子レンジの働きであるマイクロ波を照射することに良く対応していることを説明いたします。まず、物体が必ず固有振動数を持っていることは、「一切衆生悉有仏性」つまり私たちがすべて仏性(霊性)を持っていることに相当します。山崎弁栄聖者は、「『一切衆生悉有仏性』、衆生ことごとく霊性を具有しながら煩悩の殻中に伏在す。あたかも鶏の卵のごとし。これをあたためて孵化するにあらざれば仏心あらわれず。霊性開顕せざる間は煩悩我が主人となりてわがままを働く。仏性を開発するには、たとえば教育にて知能を啓発する如く、仏性をあたためて開発するは弥陀の慈愛の懐に摂取させられるにあり。ただ念仏のみありて仏子の卵は孵化せらる。霊性があらわれるときに煩悩はその質を変じ、従来悪用してきたりし貪瞋も、今は善質に霊化し、強欲の心も変じて衆生を助けたいという善き欲望となり、自己の悪を呵責する憤怒となり、煩悩の渋も変化する時は、甘き干し柿の実となる。」(「宗祖の皮髄」、132ページ)と述べられています。
 これからマイクロ波を照射すると冷たいご飯が暖かいご飯に変ずるように、念仏をするとやがて私たちの中に霊性が現れてきます。念仏を続けていると必ず霊性が開けて来て、以前の煩悩に覆われていた心が、良き心根へと変身して行きます。念仏をする前に見ていた花や木が、念仏した後に見ると花や木の“いのち”が輝いて見えてくるのです。世の中の景色が、念仏する以前とは少しづつ変わってくるのです。つまり、私たちは念仏することによって育てられ、霊性に目覚めてくるのです。空外上人は、それを、「光に照らされた心のすがた」として、次のように語られています(「念仏と生活」、168〜172ページ)。
 「弁栄上人は、清浄光、歓喜光、智慧光、不断光を『光化の心相』と名付けられたのです。『アミダ』さまの光に照らされて心に現れてくる姿ですね。清浄光は、感覚が清浄に働いてくることです。花を見ても、「この花は高価だな」などと見なくなります。菊一輪をこれからつくろうと思って、百億円出しても作れないのです。この鉢伏高原の高山植物のように、自然の命がそのときどきの花として咲きだしてくるわけです。値段があっても、値段ではあらわせないところを観るようになるのです。(途中略)
 次に『歓喜光』は感情を高めます。我々の感情は、少し金ができれば威張りたくなるぐらいのものです。歌手でも大臣でも、豪壮な邸宅を建てていますが、そこに威張る感情があるからです。かえって哀れですね。「歓喜光」で言う感情はそういう感情ではなしに、「アミダさま」を拝む感情です。「アミダさま」を拝めるようになることは、自分を拝むことにつながるのです。拝めば、どうしても拝まれるような自分になるのです。拝まれるような自分でなければ拝むことはできません。「アミダさまなど紙切れに書いてあるのに拝めるか」と高ぶる人がいますが、それはその人がそういう人なのですよ。なぜ「アミダさま」を拝むかといえば、この指は自然についていて、自分がこしらえたのではないからです。おかげさまですよ。そのおかげの総まとめが「アミダさま」です。「ありがとうございます」と言えないはずはないですね。一晩寝られなくても困るでしょう。夜眠られるのは、自分が偉いからではない、寝させていただけるのです。金の力でも寝ることはできない。お金なんか、かかりません。もうひとつ高い、奥のところで我々は生きることも、寝ることも、働くこともできるのです。(途中略)
 歓喜光とは、指一本でも何千億円出してもできはしない、それで仕事をさせていただくのだと拝む感情なのです。「アミダさま」を拝む感情です。拝まなければ拝まれるような自分になれません。そして、一万円もうけてうれしいような人が、何千億円どころではない、自分が買えもしない、こしらえることもできない手や足が自然についているのですから、うれしくなりますよ。その喜びです。頭もついているし、心臓も動いてくれるのです。うれしいでしょう。どれが動かないようになっても困るでしょう。いまだに手も足も心臓も動きますから、もったいない話です。(途中略)
 すると、「智慧光」の智慧が開けてきます。そこで「不断光」で勇気百倍、意志が堅固になってきますね。このように、人間の精神的働きは、「清浄(感覚)」、「歓喜(感情)」、「智慧(知識)」、「不断(意志)」と大体この四つの方面があるのです。弁栄上人は西洋心理学でお考えになって、「宗教心理の四光」としてこの四つの光を当てられているわけです。だんだんに「アミダさま」の光に照らされて、我が心が深まっていくのです。」
 
電子レンジと念仏の対応関係
水(物質)に固有振動数あり 人間に霊性あり
電子レンジでマイクロ波照射する 念仏をする(光に照らされる)
水(物質)の温度が上昇する 霊性に目覚める

 空外記念館前理事長の河波上人は、「弁栄聖者の教えの立て方は“ひかりの現象学的”であり、あらゆる宗教は『ひかりの現象学』という立場が貫かれている。そもそも光とはどこかに固定して存在しているものではなく、私たちの心の内に主体的に顕れてくるものなのである。如来光明歎徳章における、「斯の光に遇う者は、三垢消滅し、身意柔軟に、歓喜踊躍して、善心生ぜん」の文は、そのまま念仏する私たち一人ひとりに現象してくる光明のはたらきを述べたものである。」(ひかりの現象学)と述べられています。これに対して、物理学は『エネルギーの現象学』であり、物質が本来持っている固有振動数に一致するような電磁波が照射されれば、その物質の温度は上昇する(温度が現象してくる)のです。どちらも自然の摂理、宇宙の摂理であるといえます。

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