念仏のくらし
 二十億年が母胎児(おなか)の中の十カ月
  ―宗派を越えた仏教の根源へ−
山 本 空 外 


 これだけ考えても、インドの文化の規模は想像できるのです。もう、この精神文化の規模に比べたら、ヨーロッパの文化などは、深いとは言えないですね。このウ゛ェーダーンから、仏教が縁起の展開をして、そして、一つ生った実が高い木の枝にある。それが熟して地上に落ちた音に当たるのが「ナムアミダ仏」です。そうすると、身体に障害のある人でも、「ナムアミダ仏」は言えるのです。平等にお釈迦さまの悟りが身につくことになるのです。だれもが悟れることになる、それが「ナムアミダ仏」なのですね。
 お釈迦さまが悟られて「ナムアミダ仏」が出るまでに約千年かかった。インド仏教の千年の発達の終わりにあらわれたのです。だからすばらしいですよ。あの世界一の精神文化の国インドの、しかもインドの諸文化の中で、仏教だけが世界的な文化なのです。他はインドにとどまった。インドにとどまったから、つまらないというわけではないのですが、仏教を生み出す本の文化であるバラモン文化は、インドにとどまったままです。仏教は世界的文化になったのですね。そして世界の人々に影響を与えていった。その仏教が千年かかって、ようやく結晶した言葉です、「ナムアミダ仏」というのは。他にかわりがないのです。だから、「ナムアミダ仏」は、いかに大事で、値打ちがあるかということは、想像できるのですが、今日、我々が値打ちがないように感じているのは、宗派仏教のためです。
 宗派仏教といって、浄土宗とか、日蓮宗とか、いろいろあります。みんな、自分の宗派が一番良いと思っているから、念仏の宗教なんかつまらないという宗派もあるわけです。そうすると、それを本当にする人もある、そういうことが邪魔しているわけです。そのような中であがいていても、仕方がありません。私も悪口を言われることがあります。それは仕方がないから、悪口を言われることで、腹を立てて足踏みせずに、悪口を言われたいことはないが、悪口を言われなければわからないことを悟っていけば、自分のためになる、将来のためにもなります。そういうようにして、先へ先へ進んでいかなければ、たった五十年、百年生きているだけの我々だから、右往左往していては仏性は開けてきません。すべてそうです。病気を苦にしていたら、なおさらひどくなる。病気をしなければわからないを悟っていけば、病気のマイナスが何倍もプラスをもたらすことになる。そして、前へ前へと精神的に進んでいくのです。私は実際にそうしているのです。それ以外にやりようがないのです。たった、五十年や百年しか生きられないのに、足踏みしていたら、もう間に合いません。
 地球上に生物ができてから今で二十億年たっていますが、その二十億年の歴史をお母さんのお腹の十カ月で急ぐのですよ。初めはアミーバで原始動物です。地球上に生物ができた初めのころの形です。それが十カ月間に二十億年を急ぐのです。だからその間では、たった一時間でもそれが何千万年にも当たるのです。それでお母さんが一時間腹を立てて胎児に乱れた血が流れ入ると、時期によっては肢体不自由児の原因をつくるというのは当たり前のことです。その一時間が胎児にとっては、何千万年に当たるのだから、絶対に腹は立てられない。だから、「ナムアミダ仏」「ナムアミダ仏」で通すより道はないのです。そうすると、一時間の「ナムアミダ仏」は胎児にとっては、何千万年ですからね。大変よい影響になるのでは、言うまでもありません。そういう「ナムアミダ仏」を我々が喜ぶことができるのは、世界一の金持ちになったよりもありがたいことだと思いますね。世界一の大統領になったよりもありがたいですよ。ケネディさんなんか、世界一のアメリカの大統領になったけれども、殺されたでしょう。その後、奥様は、ギリシャ人のおじいさんと再婚しましたね。大統領になっても、何ということはない。万事そうなっているのですよ。そこを一寸でも、一尺でも、ちょっと高くなると見渡せるのです。それは縁起の思想です。それが千年もかかって、「ナムアミダ仏」に結晶したのです。
 その理論を説いたものが『般若心経』です。『般若心経』の中には、仏教の大事な言葉はほとんど、書かれている。ないのは、「ナムアミダ仏」だけです。なぜかというと、まだ「ナムアミダ仏」という言葉ができていないときに成立したお経だからです。このお経ができた後、「ナムアミダ仏」ができたのですが、『般若心経』を一口で言える言葉にまとめると、「ナムアミダ仏」です。それでこれから「縁起」のことををお話ししていきます。「縁起」というのは、インド語でpratitya samutpada(プラティートヤ サムウトパーダ)というのですね。それで、pratitya samutpada(プラティートヤ サムウトパーダ)を「縁起」と漢訳したが、すばらしい訳ですね。samutpadaを「起」と訳した。プラティートヤ、向かっていく、連続していくのです。見かけの一つにとどまらないのですね。だから「縁って起こる」のです。実際にそうなるのです。私がお念仏するのも、母の体内にいたことの母の心がけが続いているわけです。また、母にはおじいいさんの仏縁がずっとつながっているわけです。だから今、自分が貧乏になっても、それでおしまいではないのです。「ナムアミダ仏」を喜んでおれば、世界一のお金持ちになったより、また大統領になるよりも尊い命の根源に帰することができるし、また、自分が育てた子供も、出会った友達も、その仏縁に照らされて、何倍もの命の実りを全うすることになります。それを「縁起」といいます。
 縁起を一番簡単にあらわしたお経に『中阿含経』があります。「阿含」とは「伝える」という意味の梵語、お釈迦さまの説教を伝えたという意味です。だから、お釈迦さまがどういう説教をなさったかを知りたければ、『阿含経』を読むとよいのです。


目先の利害を考えるから「苦」
   ―阿含経の縁起説


 その『中阿含経』四十七巻に、
此れに因りて彼れ有り、此れ無ければ彼れ無し
此れ生ずれば彼生じ、此れ滅すれば彼滅す
とあります。先ほどちょっと申し上げたように、「此」というのを、例えば、私が話すこととしますと、私が話すことによって、「彼」すなわち皆さんが聴いてくださるようになる。それで、「此無ければ」、すなわち私が話すことがなければ、「彼無し」、皆さんが聴いて下さることもない。同じことを繰り返して、此生ずれば、私が話すことが生ずれば、彼生ず、皆さんが聴いてくださることが生ずる。「此滅すれば、彼滅す」も同じことです。当たり前といえば当たり前のことですが、これを分析していくと、私が生まれる前のことから、日本のおかげ、それが中国やインドとつながり、それからさらに、世界にずっと及んで、つながり合っているわけです。それから、皆さんが聴いてくださることも、耳が聞こえさえすれば聴けるのですが、それだけではなしに、幾らか聞こえる耳を持っていても、この鉢伏山の道場まで来られる方はよっぽど因縁の深い方です。それが「縁起」ですよ。
 お母様が熱心だとか、あるいはお父様が勧められたとか、あるいはお友達が誘ってくださったとかいうようにして、またそのお友達とご一緒になるのが、近くに住み合ったとか、近くに住むのにも、またいろんなわけがあるでしょう。というように、尋ねていけば、「彼」を分析し出すと、またどれほどつながっていくかわからない。結局、「此」と「彼」とは、見えないところでつながり合っているかもわかりませんね。それで、ここでお互い出会っているのかもわかりません。今ここで初めて私と出会ったように思っておられるかもしれませんが、その実、分析していくと、きょう初めて会うのは遅かったなあというようなものです。その「因縁」が熟し切って会えるのです。
 私は今度京都府の寺に移ったのですが、広島にいても、近くの方でも知らない人があるのです。原因的には近いのですが、縁がない。ところが、こういうように遠くからの人とお会いできるというのは、よほどの縁があるのですね。ところで、この『中阿含経』は漢文で書いてありますが、もとはインド語です。それを書いておきますが、それは中部ニカーヤ(経のこと)の二巻、三十二ページに出ています。パーリ語です。インドの地方語ですね。インドの標準語であるサンスクリットは、始め仏教では使えなかった、インドの宗教を代表するようになると、使えることになりました。それで、初期経典はみなパーリ語で書かれています。
 これが直訳です。漢文では三番と二番が入れかわっているのでしょう。こちらが本当なのです。それで、前の二句「これがあるときかれがあり、これの生から、かれが生じ」というのは、ふえていきますから、「縁起説の増法」というのです。かれが増していくでしょう。今度は、後の「これがないとき、かれがなく、これの滅から、彼が滅す」はなくなっていくでしょう。だから、これを「縁起説の滅法」といいます。そして、増していく方を「十二因縁」になると、十二因縁の「順観」といいます。
お釈迦さまは、縁起をお悟りになって、一番初めは、十二因縁を説かれたのではなくて「四諦」だと言われています。「諦」というのは、インド語でsatya・サティヤといって、真実という意味です。四つの真実ですね。四つしか説かれなかっただんだんふえて、しまいに十二になったのです。四諦といえば、増法や順観の方面では「苦・集」があるのです。苦・集の二つありますね。まず「苦」ですが、物事を苦にするでしょう。なぜ苦にするか、目先だけを考える、目前の利害だけを考えるからです。次に「集」というのは、煩悩のことで、どういうことかというと、目前の利害だけを考えることです。それで物事が苦になるのです。
 あの原子爆弾ですね。私はあの日、広島にいて、死ぬべきところを助かったので、こうして僧になったのですが、だから、原子爆弾が落ちていなければ、私はまだ僧侶になっていないでしょう。その昭和二十年ごろ、広島の人たちは宮島沿線などにも疎開していたので、広島へ勤めに出る人で、停留所は毎朝いっぱいでした。あの八月六日の朝も、電車は満員、二度目も三度目も乗れなかった人が多くいました。その人たちはそれを苦にしたでしょうが、そのおくれたおかげで、原爆が落ちるのに間に合わなかった。それで助かった人もいるのです。世の中は、みんなそうですよ。よくもないのに、いいと思ったりしているのですね。得でもないものを得だと思ったり、損でもないものを損だと思っている。戦争に負けて損だという人がありますが、あれで勝っていたら、今こういう話はできません。勝った国のソビエトなんか、軍備に忙しくて、まだ戦争状態です。日本でも勝っていたら、それでなくても小さい国ですから、やせ我慢して軍備の競争をしていると、大変ですよ。今日こんな話ができるのも、負けたおかげですね。そうはいっても、負けたいことはありませんね。負けたらつまらないけど、つまらないこと以上につまることがあるように、悟りを深めるのです。世の中、みなそうだから。あの戦争で、ある家の兄さんの方はすぐに出征して、戦死された。が、弟さんは足が悪くて、徴兵されなかった。当時は、男子として肩身が狭かったですね。しかしそれで戦死せずに助かったのです。頭のいい方で、今では立派な奥さんをもらって。生活しておられるのです。
 だから、何がどうなるか、先のことはそう簡単に決められないのです。それを苦にすることはない、苦にしても、先のことはわからないのだから。それなのに普通の人は四苦八苦している。それは何から起こるのかというと、さきに申したとおり、目先の利害だけを考えるからです。


 「識を転じて智を得る」(頼耶縁起)業感縁起より大乗の縁起説へ

 次に、「四諦」ですから、もう二つあります。「滅・道」というのです。苦というのは、だれも苦にしたくないけれども、苦になるのですね。だから滅したいでしょう。それで「滅」(めつ)というので、どうしたらいいかというと「道」(どう)です。「八正道」(はっしょうどう)ですね。八つの正しい道を進んだらいいということになりますね。
 
『いのちのみのり』山本空外講述 昭和五十一年(一九七六年)
財団法人光明修養会刊 抄録

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