山本空外上人における念仏とその世界的意義
―財団法人空外記念館 設立10周年記念文化講演会―
河 波  昌

【講師紹介】
1930年(昭和5年)京都市で出生。
九州大学を卒業し
京都大学大学院博士過程で西谷啓治博士に師事。
現在空外記念館理事長。
光明修養会上首。
東洋大学名誉教授・東京光明園主・東西宗教交流学会会長・
米国学士院終身特別名誉会員(アカデミシャン)・文学博士

 

 

只今、ご紹介たまわりました河波でございます。

今回は、空外記念館創設10周年を記念しまして、私のようなものがご招待頂きまして、恐縮至極に存じている次第であります。

山本空外上人様とは、今からもう50年ほども前、昭和18年の10月にお会いして、それからご指導を頂いてまいりましたので、私の哲学形成、人間形成という点におきましては、空外上人なくしては考えることはできません。

私は、九州大学をでまして大学院に入る時に、空外上人は、広島大学の教授でいらして、是非私の所にくるようにとお勧め頂いたのですが、その時はいろんな事情がありまして、京都大学の西谷哲治先生、この方は、西田幾多郎先生の直系のお弟子ですが、山本先生とはいつでもお会いできるという気安さがありまして、山本先生のご指導を受けながら京都大学の哲学の勉強をすれば、もっとよいのではないかと虫のいいことを考えまして、その間、京大で学びつつ、山本先生のご指導を頂きながら現在にいたっているわけです。空外先生のすごさというのは、その仕事の上から云って欧州でも、つとに有名です。(例えばトリール大学で先生のご論説がドイツ語で刊行される等)

私は、本年と一昨年と2回にわたってウィーン大学との交流の機会をもちました。ヨーロッパにおいても、そのよき伝統が消えていくなかで、ウィーン大学は、ヨーロッパの古きよき伝統を守り通してきています。そのウィーン大学が、最近東洋思想に関心をもちはじめました。

ところで、その東洋の思想と西洋の思想とが本当にひとつに結びつく場所が日本しかないと思います。日本人は、ヨーロッパ言語と文化をマスターして、そしてまたその日本人が東洋思想をマスターして、その二つを統合することができるわけですね。その最も代表的な先生が山本空外先生です。

例えば、先生は、ドイツ語とフランス語と英語が、日常会話で話され、奥様と会話される時にフランス語でなさったりするそうです。それからギリシャ語ラテン語も自由自在です。山本先生の論文は、ギリシャ語のテキストはギリシャ語で読んでおられます。それからインドのサンスクリット、バーリ語、これは私ども仏教を勉強するものにとっては、どうしてもマスターしなければならない言葉ですが、それにも通じられ、その言語力は、天才としかいいようがないですね。

空外上人が、ドイツにいらっしゃった時、ギリシャ語が自由自在におできになるのを、ドイツ人は皆驚いているんですね、留学時代ですから、空外上人はまだ若い頃ですが、ドイツの学生達が、どうしてあなたはギリシャ語やラテン語ができるのかとよく言われたということも申しておられました。

そういう意味で、これからいよいよ、21世紀にむかってヨーロッパと東洋がより高い次元で一つになろうとする時に先駆的にお出になったのが空外上人だと思います。

空外上人のご本を読んでおりますと、21世紀の方向は見事に示されているわけでございます。

今回は、空外記念館の10周年ということもありまして、空外上人の思想を紹介しながら、空外上人は、どういう点がすぐれているのであろうかということを、お話して参りたいと思います。

題としましては、「人が人らしく生きるために」ということですが、もう少し焦点をしぼりまして、「無二的人間と人権思想」というテーマで考えていきたいと思います。

「無二的人間」とは、空外上人の哲学の一つの到達点であります。それは空外上人自身の生き方そのものでもあったし、生活そのものがそうであったと思います。これは、東洋思想が西洋思想を媒介としながら自覚的に実を結んだ思想だと思います。すなわちそれは東洋的な思想にどこまでも根ざしながら、しかも、西洋的思想とは対決しながら生まれてきた考え方です。これは又、山本先生だけの勝手な思想ではなくて、その思想をよくよくうかがってみると私ども一人一人の生き方を示しているということでもございます。無二的人間とは、私ども一人一人の生き方、存在そのものの在り方を示しており、又そこに文化というものの本質が考えられると思います。

それに対して、人権という思想は、とくに最近非常にやかましくいわれるようになりました。(今年は国連憲章における人権宣言が公布されて丁度五十年の記念すべき年に当たっています。)それはそれで、大切なことであります。しかし、私は、ここで人権という思想と無二的人間という思想を突き合わせることによって、はじめてより深い東洋思想の又、空外先生の思想を汲むことができるのではないかと思います。

実は今年の7月の暮れに、スイスのチューリッヒから少し車で20分くらいいった所に、ツークという湖がございます。そのツーク湖畔で、世界の学者が多く集まって「人権について」一週間シンポジウムが開催され、徹底的に論議しました。日本からは、私が一人代表として参加、東洋からチベットのお坊さん、タイ国から一人、東洋から三人です。

チベットのお坊さんは、チベットの現状を、本当に悲痛な思いで訴えていました。チベットは、中国に完全に支配されて、チベット人の人権がないということを切々と訴えておられたのを聞きました。

人権とは、人間の最も基本的なところで守るべきことですね。

しかしながら、ただ問題は、じゃ人権とは一体何か、問題をより深く考える必要があります。

私は、日常生活の上では、人権ということは絶対まもるべきことだと思いますが、最後の問題になってくると、人権は、無二的人間というものを通さないと、道を誤るのではないだろうかということを痛切に感じ、一連の講演を行いました。みなさんは米国や英国やドイツからも沢山いらっしゃっていたのですけれども、人権というものを系統だって話す方はいらっしゃいませんでした。

人権という思想が成立する背景に、数百年あるいは千年の歴史があって、それをずっとたどって考えないと、人権ということも本当はわからないんですね。

人権といえば、ただそれで、水戸黄門の印篭みたいになっているようですが、実は、人権とは一体何か、私は、ヨーロッパの中世のスコラ哲学から、人権という思想が展開して来るプロセスが三段階にわけられることを述べました。

即ち、スコラ哲学の時代。ルネッサンスの時代。それから、近代十七・八世紀の時代を通して、現在の人権という考え方が次第にでてくるのです。そして、その人権はフランス革命の時(1789年)革命委員会の人達が草案した「人権宣言」ということで明確化していきます。それから約60年位たって、1848年、その年は、一世を風靡したマルクス、エンゲルスによる「共産党宣言」が成立します。そして、更にそれからの百年たって1948年、国連の人権憲章が公布されるのです。

そして、今年は1998年ですね。国連憲章が1948年にだされまして、それから今年は50年目、そこで、丁度50周年ということで世界的規模で人権についてのシンポジウムを開催する必要があるということで、私どもが論戦することになったわけです。

さて、マルクス・エンゲルスの「共産党宣言」についてですが、これは私どもが学生時代によく読んだ本です。しかしながら、この「共産党宣言」は、フランス革命の時の「人権宣言」とその本質において殆どかわりません。フランス革命の「人権宣言」のコピーのようなものですね。

徹底的に分析した方で、筑波大学の中川先生という方が、その内容を深く究明されています。

その席上、私は人権宣言ということが流布されるようになって後、ヨーロッパの精神的な伝統において、「人間の高貴性」というものが次第に希薄化していったということを申しあげました。人間の高貴性ということは、人間の内面性の問題でもありますね。

ヨーロッパの中世も終わりを迎える頃、ドイツに、マイスター・エックハルトという思想家がおりました。この人から、ドイツがはじめてドイツに目覚めるという感じのする方なんですね。いわゆるドイツ人にとって、ドイツの故郷ともいえる人です。第二次大戦の時に、沢山のドイツ人が捕虜になって、フランスの収容所にいれられました。そこでナチスによって失われた本当のドイツ人にとってのふるさとは何か?ということを考えて、ヨハネス・ホフマイスター(彼は、ヘーゲル全集の編集刊行者として有名です。)という人は、ドイツ人の心のふるさとを掘り起こしています。エックハルトの本を読んでみると、そこに、非常に「ゆたかな人間の内面性、高貴性」というものについて言及しています。また、エックハルトは、ドイツ語でキリスト教の説教をします。それまでは、ラテン語ばかりでやっているわけですからね。ドイツ語を語ることによって、ドイツ人になるということが考えられるのです。われわれ日本人には、心のみだれということがありますが、言葉の乱れもあると思います。鎌倉時代にあって、仏教の言葉が、日本語で語られるようになりました。その時から、日本が、本当に日本に目覚めていったといえると思います。例えば、法然上人様がおでましになります。「一枚起証文」や「和語燈録」等。勿論漢文のものもあるんですが、日本語で私達にわかるように仏教の教えを説いていらっしゃいます。

親鸞上人もそうですね、沢山の和語が残っておりますが、漢語でなく日本語を通して、「日本の仏教を語ることによって、日本人が、本当に日本人になって行く。」

エックハルトが、ドイツ語で語ることによってドイツ人になっていったように、日本人が、日本語を語ることによって日本人になるということがあると思います。例えば、鈴木大拙、この方は有名ですね。鈴木大拙は『日本的霊性』という本をお書きになっています。これは、戦後まもなく出版されました。今は岩波文庫で簡単に読むことができます。鎌倉時代から日本人は、爆発的に霊性の目覚めが生じたというのです。

この霊性の目覚めということが、極めて大切だと思います。今丁度、やがて21世紀に向かうわけですが、それはどういう時代かというと、近代は終わりを告げて、なにか新しい次の時代に入ろうとしている。これをポストモダーンという。ポストとは郵便局ではなく、ラテン語で「後」ということです。モダンとは近代化でしょう、すなわち、「後近代」ということです。だからポストモダンという言葉がさけばれるということはもはや我々は近代ではない。ポストモダンなのですね、モダンはすでに終わりをつげているわけですから。

例えば、これからは人の洋服をほめる時に、この洋服はモダンですねといわないほうがいい。ポストモダンですねといわなければなりませんね。ところで、私たちが生きていた近代とは、どういう点で近代といわれてきたのかというと、二つの点をあげることができます。

一つは、理性を中心として考える。理性的でないものは、存在する価値がないものだという考え方ですね合理主義とか啓蒙主義とかいいます。いわゆるナショナリズムの立場。

もう一つは、自我というものを中心に立てて考える立場。

勿論、理性的に考えるということは、大切なことです。しかし、理性以外のものを価値のないものとして排除していけば、横柄、横暴になってきます。山に資源があれば、ブルドーザで壊していく。近代科学が、技術と結びつくことによって、計画的に、合理的に、理性的に、すべてを処理していくという考え方で、山の中に貴重な天然記念物があろうがなかろうが、ゴリ押しで、合理的であるかないかということ、それが唯一の基準で、それ以外を排除したということです。決して理性的であることが悪いといっているわけではありませんが、それ以外のものを排除したということ、そこに欠点があるということです。

日本人というのは、非常に感性の豊かさという点では、世界に類例の無い民族だと思います。例えば、茶道などもその一典型です。私は、大学で茶道部の顧問をやらされております関係で学生にだけやらすわけにはいきませんから、私もやりますと、非常に感覚的にもゆたかですね。お茶の先生は理屈をいいません。しかし、お茶碗のおき方にしても、お湯の沸かし方にしても、ここに感覚が100%はたらいていますよね。感性、感覚というものを通して、人間の精神を豊かにしていったものと思います。こういう感性も理性という名によって排除していきます。豊かな感性が消えていったといえると思います。そして私は何よりも大切なことは、「霊性」というものが非理性的という点で無視されて、それが私達の生活の中から、教育の中から消えていったということですね。

今の学校で霊性教育・宗教教育はやりません。例えば、お茶一杯も勿体無いといいますが、すべてのものに対して、ただそれが利用する価値があるかないか、人間を中心に据えて、私達を取り巻く自然というものが利用される価値があるかないかという判断だけでものごとをきめていきます。私がすんでいる東京の近くの秩父に武甲山という山があります。元、山伏が登ったりした聖山であった。しかし、そこにはセメントの原料が豊かに内蔵されていますからそれを掘り出し、山が半分近くになってしまっています。秩父セメントという会社がありますね。

山は何億円の資産があるといった計算しかできなくなったんですね。

山をみて、山の神々しさの感覚が麻痺し、霊性的な要素が消滅してしまっている。

富士山も聖なる山です。

万葉集の神さぶという言葉があります。神々しさ、これは感覚と言えば、感覚ですが、霊性と言えば、霊性ですね。感覚と霊性とが一つになっている。「神さぶ」というのは何かわからんけれども神々しいものが現前に働きだしてくるという。「かみさびて富士の山は………」は、山部赤人の歌ですが、日本人が皆もっていた感覚ですね。自然を物質としてみないで、その奥のものを見て神々しいとか神さぶとかいう言葉で表す。

沈んでいく夕日を見て何ともいえない麗しい、神々しさを日本人は感じていたと思います。

「夕焼け小焼け」なんか、いい歌ですよね。あの歌は、イギリスでは小学生たちが「サンセット・グローリィ」という題でうたっています。われわれは、「蛍のひかり」というイギリスの歌を、日本語にして歌っていますが、かれらは、日本の「夕焼け小焼け」のうたを歌っているのです。しみじみと歌うといいですね。そういう気持ちが心の内に浸透していって、子供の心を育てて行く。人間というのは霊性的なものをもっているわけですが、しかし、そういうものを全部排除して理性的であるかどうかによってものごとをきめていくというのが今の学校教育だと思います。

空外上人様が、「無二的人間」とおっしゃったことを鈴木大拙博士は「日本的霊性」とおっしゃったわけですね。

例えば、エックハルトのテキストを読んでみると、その中には、ドイツ的霊性というものがあります。フランスにもフランス的霊性というものがある。戦争後、非常に世俗化してフランスはカソリックの国なので宗教音楽が非常に発展しております。グレゴリオ聖歌といいましてヨーロッパ音楽の源流になりました。スイスのシンポジウムがおわってから、スペインのバルセロナに参りましたが、そこにモンセラートとい千年以上の歴史をもつ修道院がありまして、そこで、グレゴリオ聖歌を聞いて参りました。そこの少年合唱団が又すごいんでね、世界的に有名なウィーン少年合唱団を圧倒する少年合唱団でした。

しかし、戦後フランスでも、グレゴリオ聖歌がうたわれなくなりました。そのある街で、そこに日本の声明といいまして天台宗や真言宗にずっと伝わっている宗教音楽ですが、それを日本の僧侶たちが訪ねてそこで歌ったんです。日本の仏教の声明を聞いてフランス人が感動した。50年絶えていたグレゴリオ聖歌の伝統ですが、それが日本の仏教の声明を通してフランス的霊性がよびおこされた。その霊性という点で、日本の文化とフランスの文化がお互いに共鳴しあうわけです。音楽というのは、理性の問題でなく、そこには、もっと深い要素がある。音楽を通して、日本の霊性とフランスの霊性が、一つに共鳴しあうのですね。日本における西田哲学あるいはその系統を継ぐいわゆる京都学派の人々が、エックハルトの哲学に非常に引かれていく。それはエックハルトの哲学の中に流れるドイツ的霊性と西田幾太郎の哲学の(西田哲学は、単なる理性の哲学ではありません)日本的霊性が共鳴しあうのです。最近はヨーロッパにいくと、多くの人たちが、日本文化を知りたがります。ヨーロッパの哲学を圧倒する非常に深い日本文化というものがあって、それに関心が集まるようになったわけです。

今までの日本の学問は、西洋の真似ばかりしていたのですが、そんな真似事を何十年やっても、それに対してヨーロッパの学者達は見向きもしない。

例えば、東大の哲学の先生が、何十年間の哲学の知識をもって、ヨーロッパへ行ったってナンセンスなんですね。むこうの先生にいわせると、よく西洋の学問をなさっていますがねぇ。それでおわりますね。

せっかく東洋から日本の学者が来られたのだから何としても、かれらヨーロッパの学者たちは日本の哲学が知りたいのですが、そのようなものは殆どゼロに近い。それでは対話も交流も成り立ちません。われわれは、日本の文化の原点に帰ってそこから日本独自のものを創り出していく。そこではじめて、日本文化というものが、世界の中でお互いに対話し発展しあう。そういうことです。明治時代以降暫くの間はやむを得なかったことかもしれませんが、ヨーロッパの哲学や文化を受け入れるだけだった状況から、もうぼつぼつこの辺で日本のものを向こうに伝える必要があると思います。そのことを先駆的になさった方が、実は空外上人です。

空外上人という先達がなければ、とても困難なことだったですがね。そういう方がおでましになっただけでも、非常に意義深いことです。

それで近代の話に戻りますが、理性的であるということ。自我という立場から出発するということですね。

この二つで、近代は暗黒時代を作ったと思います。近代という立場からみれば、中世は暗黒時代といっていたんですね。その近代化において、壮大な戦争をやって何千万人の殺戮がおこなわれている。

例えばスターリンという人は自分達のロシアの人達を一千万も二千万も殺すわけですね。理性と自我の問題がむすびついているわけです。

これからの生き方はただ単に理性的であるだけでなくて、もっと人間の感性とか霊性というものを育てていく方向にすすむべきだというのが一つですね。その方向は、日本文化のいい面を出していくことだと思います。もう一つは自我中心主義を破るということですね。近代とは、私というものを前提にして、そこから考える立場であると申しました。

人権という問題も、一面そういう要素をもっているのですね。勿論それは私ども生活する上に非常に重要なことですが、しかし、その一番ぎりぎりのところで人権というものは、更にもっと深い原理によって基礎づけられねばならないと思います。

例えば、人間は自由であるといっても、自由そのものは、自由そのものからは出てきません。皆さんは、自分で意志して自由に生まれてきた人は一人もいませんね。人間は自由である。これは絶対です。でも自由であるということ自身は、人間の自由から出てきませんね、ここが大事です。

これはヨーロッパの哲学者でも、もの事を深く考える人は、そこまで考えています。例えば、ドイツの二〇世紀最大の哲学者の一人カール・ヤスパースは、人間の自由ということを最後まで考え抜いた一人ですが、しかも、その人間は自由であるということ自身は、人間の自由からは出てこない。人は気が付いたら、その自由に気付くのです。

人間の自由は、贈与的存在。何ものかから与えられてそうなってきた。ドイツ語でゲシェンクト・ザイン(Geschenktsein)人間が自由だというぎりぎりのところで、それはやはり与えられたものだ。

ヤスパースは偏狭なキリスト教信仰を否定するのですが、それを超えた何かもっと大きいものにふれていたのだと思います。そして、そのことを基にして自由ということが言えるのですね。

学校教育でも、おれがおれがで他人や友達をけっとばしても、いい学校にはいろうとする。いい学校に入るのもいいのですけれども、根本に自我中心を脱却しないとよくないのではないかと思います。近代は、自我を立てないと駄目なんです。

私は、一昨年と昨年2回、ウィーンに参りまして、今年も、公開講演に参りました。公開講演とは、大学の先生だけでなく、一般の市民も参加できる、主婦も商売人も、刑事さんもいます。その中に、一昨年もこられていましたが、30才位の数学の女性の先生もいらっしゃってね、その方が、私の話を聞いて人生観がかわってしまったといわれていました。「考える」ということの説明をしたことがあります。私が、考えるという日本語知ってますかというと、みんな知ってますといいますよね。

空外先生は、ある時に云われましてね。「猫のことを何故猫というのか」と。

猫のことを猫だから猫というのだ。では答えにならないでしょう。

山本先生は眠るという動詞の語源『ネ(ねる)』からつくられた言葉だという。『こ』は接尾語だという。同様に「考える」ということも普通はわからないですね。

自由平等という言葉についても同様です。これは実に、もともと仏教の専門用語です。平等とは、イクオリティなんてとんでもないですね。筑波大学のドイツ文学の先生としゃべってたんですが、平等とは、仏教語だとはご存じないですね。宇治の平等院があるでしょう。西洋のイコールと翻訳されてしまって、平等の本来の言葉が、完全に消滅してしまいました。一つの言葉があやまって翻訳されることによって、一つの文化が、そしてさらにその根幹が失われていく恐るべき現象が起こっています。

「考える」ということも、単なる英語のThinkingといった意味の次元をはるかに超出しています。それは、「かむかふ」という言葉です。「か」というのは接頭語で意味がありません。例えば、かよわいとか、か細いとか言うでしょう。それでこの語の核は「むかう」です。「むかう」における「む」というのは「もの」という意味です。「もの」というと物質というように考えますが、「もの」から物質以外を排除したのは近代のことです。物質という抽象的なものという考え方は、日本にはありませんでした。「もの」の中には神様もありますし、「もののけ姫」という言葉もありました。もの思いにふけるという心もある。そして、「かふ」とは車が行きかよふとか、蛍がとびかふとか、即ちまじわると言うことです。ものと私とがまじわるということです。即ち私がもののところにいき、ものが私の所に来るということですね。即ちものを一方的に私の外においてみるのは近代的な西洋人の考え方です。だから科学が発展しますね。しかし、日本では、ものと私がものをみている時に私がなくなっていきます。

例えば弓を射る時、日本人が弓を射る時は、射る私がなくなっていくんですね。だから、何かをやる時、私がなくなっていきます。西洋人は考える時、徹底的に、私があって、その私が、考えるんですね。

東北大学は仙台にありますが、そこは、仙台藩のなごりで武家の伝統がありますので、大正の終わりから昭和のはじめごろまで弓道の師範が一杯いるんですね。ドイツの哲学者オイゲン・ヘリゲル先生は、せっかく日本にきたのだから弓道を勉強しようとしますと、師範から徹底的に批判され叩きのめされるんです。それは、西洋流に私が弓を射る時にその私が射るからです。やってもやっても駄目、しかし、やがて苦労の末に、初めて自分がなくなった時には、はたと弓道の極意がわかるんですね。

あるいは又、例えば、花を活ける時、花を私の外において活けている間は駄目ですね。自分がある間は駄目。西洋では、フラワー・アレンジメントという。日本人は、私が花となって花を活ける。あるいは、花が私となるともいえる。私がなくなってします。主客合一。最初に私の話を聞いたウィーンの女性も、そのことに気付いたのだと思います。心に花を活ける時この心、花となるですね。これにそのまま対応する言葉が『感無量寿経』にも出て参ります。このお経は、「南無阿弥陀仏」が出て来るお経ですからね。

このお経の中に「心に仏を想うとき、この心、仏となる」とあります。ドイツ語でブルーメン・ミスティークという言葉がありますが、ブルーメンとは花です。ミスティークとは、花と一体となる。そのことによってどういうことがおこってくるかというと、私が、花になることによって、私の心が、花へとつくりかえられていくんですね。

今の学校の知識は暗記するだけですが、それだけでは文化といえません。知識を学ぶことによって人間を形成していくことでなければね。

長年花をやっている人は、花との交わりを通して自己を形成していく。弓道でもそうでね。弓を射る人は、弓を通して風格ができていくんですね。

昔の講堂館の嘉納治五郎先生の最高の門弟を知っています。その方は、柔道4段、当時は四段以上はなかったんですね。現代の講道館はその人に敬意を表して十段の位を差し上げたいと申し出たのですが、こんな十段よりも嘉納先生から頂いた四段の方がもっと有り難いといってね。その方に触れているだけで感動を受け、何ともいえない風貌です。道が人間形成していくんですね。

道というものは、文化をつくっていく根底となると思います。

華道も、芸術といわれますが、それも本質的には道なんですね。

歌道についても同様です。いわば歌詞を通じて人間が形成されて行くのです。例えば、日本人の月に関する歌は数限りなくありますね。例えば賢礼門院右京大夫という人が、『百人一首』の中の有名な、

秋風にたなびく雲のたえ間より もれいずる月のかげのさやけさ

という歌を詠っています。ここにも「かむかふ」がはたらいています。月のさやけさを歌うことによって、人間の心のきよらかさがつくられていくのです。言葉は本当に大事ですね。なるべくいい言葉を発するということも実は最高の文化活動ですね。正しい言葉を使うということは非常に大切ですね。最近の女子高校生は、顔はみなきれいなんですがね。その言葉を聞いていると愕然とする時がありますね、言葉をただす。言葉が人間の心をつくっていくという面がありますね。これは無意識の活動で、例えば「毎日歌壇」の中で、こんな歌がありました。

おだやかな言葉使えばおだやかな心となるにふと気付きたり

特に仏教では言葉を大事にします。

あらゆる行動が人間形成に繋がり、文化につながっていく。現在日本の良き伝統から切り離されて学校教育も、ひどい状態になっておりますけれども、お互いがそういう点に目覚めて、もう一度考えなおしていかないといけないということですね。人権思想という背景にもやはりそういう問題がからんでまいります。自分をこえる。自分を否定する。自己を脱却していく。そういう形で自己を形成していくという。これは人間本来の教育の原則をなすものですから、教育ということも、人間形成という面を離れますと、むしろ悪魔をつくりだします。

知的活動だけが発達して精神の豊かな成長が阻まれる時は、人間の理性は悪い方向にばかり向かいがちになると思います。だから、もう一度人間形成という問題を全体的に考えて、文化というもの、教育という問題をひとつになって新しい展望をもう一度つくっていかなければならないのではないかと思います。そういうことを山本空外先生はいつもおっしゃっていたので、そのことに気付いていまさらながら空外先生の偉大さに感服するわけでございます。空外記念館の十周年記念を迎えるに当たりまして、空外上人の精神の原点に帰って、私達一人一人が、再出発することが必要ではなかろうかと思います。それでは時間も少しすぎましたのでこれでおわります。今日は本当に有難うございました。(拍手)

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